考えるヒント アイデアマラソン哲学 14 自分の思考を書きとめ続けることがアイデアマラソン哲学の本質であり実践

 これまでにも2回は言っていると思うが、アイデアマラソン哲学とは、個人の独立した思考を阻害しない多様性を重視したプロセス哲学だ。考えて書くことそのものがアイデアマラソン哲学なのだ。哲学の中身は、ほぼ自由。人に話し、人に譲る。会社のために必死に考えるのも、自分だけの知恵にしておくのも自由だ。

 将来は、個人の思考がノートに書かれて、書いた本人が許せば、その瞬間にデジタルデータとなり、世界中でその言語に訳され、共有されるこの仕組みがアイデアマラソン哲学なのだ。アイデアマラソン哲学の中に、すべての学問が集結できる。カントの思考やデカルトが出てきても構わない。極端にフロイトやアインシュタインが出てきてもよいのだ。人生を語るのも、愛を語るのもよいだろう。

 哲学の歴史を語る者は、哲学史であり、自分の哲学を実践していくこととは同じではない。しかし、哲学の歴史を知り、自分の哲学として自分の思考を始めればそれはアイデアマラソン哲学を実践していることになる。

 アイデアマラソン哲学とは、すべての思考書き留めを許容しているから、多様性を保ちながら、最終的には独創性を世界中が共有できる思考の書き留めのプロセスである。「思考の器」の哲学なのだ。だからどんな思考でも書き留められれば、アイデアマラソン哲学の一部になる。あまり用語の定義に囚われる必要はない。自由に思ったように書いていこう。

 哲学はすべての学問の中心となり、入り口になる。誰もが心に自分の思いのままに哲学を持てる。誰もと議論をすることも可能だ。

 いかなる学問の道も、山あり谷ありの長いトレッキングルートである。アイデアマラソン哲学は長いトレッキングのための、しっかりした靴であり、トレッキングスティックである。

 学問だけでなく、ビジネスにおいても、商品開発においても、アイデアマラソン哲学は受け皿になるだろう。毎日考えたことをノートや電子データで集結し、議論し、実現していく仕組みがアイデアマラソン哲学である。

 そしてなによりも、アイデアマラソン哲学が大事にしているのは、各人の人生の思考記録である。

考えるヒント

 今まで、自分の思いを書いたノート類、日記類、手帳類、手紙類、エッセイ類、提案類は全部集結できていますか?すべてかけがえのない自分の資料であり人生です。

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