考えるヒント 栗の食べ方、蓄え方

今年は無事に済みそうだと、スーパーの野菜売り場で、栗を見かけたとき思った。

さすが、去年の数十キロもの栗の渋皮煮の調理で、数十時間をかけて、ヨメサンは飽き

たかと思っていた。作って、息子たち家族や、親戚や友だちみんなにプレゼントした

後でも、去年作った渋皮煮が、瓶に10個以上詰められたまま、冷蔵庫の一番下の引き

出しを占領している。正月に一瓶開けたが、今度作ると冷蔵庫は半分、渋皮煮に

なってしまう。

「栗の渋皮煮って、すごく高価なのよ。10個ほど入った一瓶が3000円ほどするの

よ」がヨメサンの口癖だ。

あんな甘いものを食べたら、糖尿病になってしまうと私は食べない。あれだけ去年の

渋皮煮が残っているのだから、ヨメサンは、今年の栗はパスだろうと思っていた。た

だ、寝てる子を起こす必要はないので、スーパーで見かけても、私は黙っていた。

しかし、甘かった。

「商店街の八百屋さんで、栗を買ってきてくれない」とヨメサンが言い出したとき、

「あーあ、またかよ」と思って、黙っていた。すると、

「買ってきてくれないなら、夕食なしよ」と脅しにかかった。

「分かったよ」と私は自転車で八百屋に行ったら、栗が無い。

「昨日、栗のことをお聞きになったご婦人ですね」ヨメサンが八百屋に強い印象を残

していた。目が栗のようになっていたのだろう。

「そうそう、それがヨメサンです。渋皮煮を造らないと秋を越せないと言って、栗に

狂って、クリクリパーなんです。栗を買って帰らないと今晩夕食無しだと言ってま

す」

「じゃ、大変だ。明日必ず、仕入れておきます」

「お願いしますよ。2キロ」と、(ヨメサンの)電話番号を残した。

 そして念のために、その後、大手のスーパーへ行ったら、そこには栗がある。おま

けにそれがブランド栗で、利平栗というが、普通の栗の2倍の値段だ。ただ、明日には

2キロの八百屋の栗が来る。

 スーパーから、ヨメサンに問い合わせの電話をしたら、「500グラムか1キロほどは

買っておいてもいいわ」というから、ブランド栗を買ってきた。そして次の日の2キ

ロを購入、ヨメサンは膝が痛いというのに、栗を朝から夕方まで6時間以上、台所で

立ちっぱなしで栗を剥く。ひざ栗記だ。

 この執念に近い作業が、私にはまったく理解できない。

 今年はコロナで栗剥きの開始が遅れたせいか、もうこれ以上の栗は増えないだろう

と思うが、ヨメサンのことだから、続きがあるかもしれない。

 渋皮煮は、三温糖という砂糖で煮詰めていくが、これがまたずっと何時間も付き

添っていなければならない栗しい作業だ。私には絶対に不向きな作業。

 何かに始めると徹底的に追及するのがヨメサンの家系で、ヨメサンのお父さん

そっくりだ。始めたら、準プロレベルまで続けていく。そしてもう少しやればプロだ

というところで、パタッとやめてしまうのが特徴だ。ヨメサンも今までいくつもその

ような体験をしてきたが、栗は3年も栗かえしている。

 私にはとうてい理解できない。

夕食が終わったあとの夫婦の会話:

「ところで、瓶詰を発明したのは、ナポレオンが戦争のために、食べ物の長期保存の

方法を懸賞付きで募集して、応募したのが瓶詰だよ」と私。

「そうなの。その発明者は?」

「そんなの覚えていないよ」

「あなた、それがさっと言えないで、どうするの。そこがいい加減なのね。人と話し

ていて、肝心なことが言えないのは、問題ヨ」と、喧嘩を吹っかけてきた。突然の宣

戦布告に追った曲げた。

「おいおい、そんなのググったらすぐ出るぞ」手元にスマホが無かった。

「それじゃ、だめよ。今、言えなきゃ」

 私の気分は急変して、谷底へ。(ざけんじゃないよ)と、研究所の机に座り、まず

ググった。

缶詰誕生のきっかけは、歴史に名を残すあのフランス人!

 これを、ヨメサンのラインにぶちこみ、

その後、更に追いうちで、ラインに、

「まずな、私が知っていたのは、ナポレオンが食品の長期保存の懸賞を出したこ

と。それではじめて、瓶詰ができたこと。そして缶詰は7年後に英国で作られたこと

だ。その発明者の名前をいちいち覚える必要があるわけねーだろう。この歴史のでき

ごとを私が流れとして知っていたことを、まず評価することが、大事じゃねえか?学

校で言えば、正しい教育方法だ。その上、『じゃ、その発明者の名前を教えて』と優

しく言うのが本当だぞ。なんだ、お前の不遜な態度は、「名前がすっとでてこな

きゃ、意味がない」こういう知識の暗記をいう奴が一番、今の教育を害している。人

にやる気を起こさせないと思わない?俺にどうして、失礼な態度をとるんだね。

まったく態度が悪いぞ。お前の態度は横柄で失礼だ。

正しい会話を教えてやろう。

 「へえ、知らなかった。ナポレオンの時代なの。良く知ってたね。健夫ちゃん賢い

ね。ところで、誰が発明したの?」

「調べてみるよ」

「あとで教えてね」とここでにっこりする。

とここまで、長い抗議文をヨメサンのラインに栗だして、ぶち込んだら、驚いたこと

に、

『はい、一言たりなかったね。これから気をつけます』とすらりと返答がきた。

 これには驚いたね。ヨメサンは絶対に自分が悪いとは言わない人だが、私の抗議に反省

様の言葉を送ってきた。ヨメサンも少しは成長したかと思った。50年間の結婚生活で

3回か、4回の数えられるほどのできごとだった。

 ただ、うちのヨメサンにここまでストレートに文句を言えるのは、世の中で私一人

だ。息子たち3人は、全員尻尾を巻く。見ろ見ろ私の勇気を。

考えるヒント 何か夢中になって、始めたことの思い出はあるか?そして急にパタッと興味を失ってしまうことは?これは猫がものにじゃれることに似ているのだろうか?

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