考えるヒント アイデアマラソン哲学 20 思い付きの姿がまず脳に浮かぶアイデアマラソンの「脳内視覚化効果」

 私はレオナルド・ダビンチの生家であるビンチ村の低い山の家を訪問した。小さな家で、中には石のテーブルがあり、窓はたった一つで小さかった。当時に窓ガラスがあるはずもなく、窓には木の板の小さな両開きドアが付いていて閉まっていた。小さな窓の内側にはビューロ机があった。それ以外には何もない家、それがレオナルドの生家だった。

 レオナルドがこの机の前に座っていたと思うと、こみ上げる感激があったが、それ以上に、この山の中で育った男の子が、人類史上まれなる天才と多能の才能を示すようになるとは!私はその木の窓を開いてみた。

 そこにはオリーブの木しか見えなかった。彼のイマジネーションを湧かせるものは他に何もなかった。

 幼いうちから絵が上手だったことから、父親がレオナルドをフィレンチェの画家ヴェロッキオの工房に弟子入りさせた。その後はたちまち絵の才能を示した。

 しかし、彼の才能は絵画に留まらなかった。ありとあらゆる分野での観察と鋭い瞬間把握の能力で思いついた物、仕組み、動きまでを彼は大きなノートに丁寧に描き始めた。人体解剖図も、絵の素描もすべてノートに描いている。それらの説明はすべて鏡文字にして書き留めた。彼の膨大なノートの多くは失われたが、残っているものは、人類の至宝である。ダビンチペーパーである。彼は自分の才能をアイデアマラソンに似た手法、毎日考え、毎日描いていたのだった。

 私の仮説は、彼は観察の思考を重ねてノートに描き留めることを続けていたので、思いついたことが脳の中で絵や図で発現していたのだろうということだ。自分の脳の中の絵をそのまま描き留めていたのだろう。彼の頭の中には、戦車が動き回り、攻城砲や連発銃、水門や都市計画、ヘリコプター、自転車など、多くの発明のコンセプトが浮かんでいたに違いない。

 もう一つの例が、発明家のトーマス・エジソンである。彼こそ、アイデアマラソンの元祖のような人で、私が使っているA5サイズとほぼ同じ(米国では少し大きく、縦が長い)ノートに、毎日毎日どんどん考えては書き留めていた。

 私はウェストオレンジのエジソン研究所歴史博物館に2回訪問して、ノートの特別閲覧を許された。

 5000冊もの研究ノートをとても見ることはできないので、テーマを決めて、「電話機の送話装置(つまりマイク)の発明関係」に絞って見せてもらった。

 エジソンは、ベルが発明した電話機は、自分が発明すべき自分の領域だったと心から思っていた。ベルの発明した電話機の機構を超える電話機を考案するために、1年半ほど毎日電話機のことを考えて、机の前にノートを拡げて考え、思いついたデザインをサッとノートにスケッチで描いて、簡単な説明を加えてノートの次の頁に移っている。

 私はデジカメでノートの写真を撮るのを許されていたので、電話機の考案の絵の頁を持っているが、毎日毎日、考えては描き、考えては描きしていて、とうとう1年後には炭素の粉末を使った電話の送話器を発明した。その仕組みは100年間ほど使われた優れたものだった。

 エジソンの特許を買ったのがベルであり、それ以降、エジソンは電話機への興味を失った。私はエジソンのノートを見ていて、エジソンは間違いなくアイデアマラソンの大先輩であったということと、エジソンは何かを脳の中の発明品の姿で、自分だけが見ることができていたに違いない。考案した時、脳の中に図形の投影が起こる。これを私は「脳内視覚化効果」(Inter-Brain Visionary Effect)と名付けた。

 アイデアマラソンを数年間継続して、ものの工夫や発明をノートに描き留めていたら、誰もがこの自己視覚化効果を体験することができる。未だ存在しないのに、自分だけが見ることができる3D画像というのはすごいと思う。これはダビンチのように超観察にも、エジソンのような発明家にも必須の能力である。

 そして美術系の学生やプロ、デザイナーには、アイデアマラソンによる脳内視覚化効果は、必須の能力ではないだろうか。とにかくアイデアマラソンを2年継続してみれば、自分の視覚の感覚が大きく変わることを知るだろう。

考えるヒント 何かのスケッチを描いてみよう。毎日、一つずつ描いてみよう。

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