考えるヒント アイデアマラソン哲学 23 その2 どのように発想を出すか。 「瞬考」(シュンコウ)と「据考」(キョコウ)

両方とも、私の造語だが、「瞬考」と「据考」がある。「瞬考」は、即考える発想で、「据考」は、腰を据えてじっくりと考えることだ。「瞬考」と「据考」は兄弟である。

「瞬考」も「据考」も、課題のあるなしに関わらない。両方とも、トレーニングである程度まで鍛えることができる。

 言えることは、重大な課題や問題を解決するために、その場での思い付きの「瞬考」だけでは、不十分だ。じっくりと考える「据考」が絶対に必要だ。どんなに多数の優秀な人がその会議にいても、先の発言者の発想に引っ張られてしまって、特定の「瞬考」で決まってしまうことがある。

(あとで考えたら、もっと簡単に、良い発想が浮かんだのに…)と言う後悔がでてくる。

課題の解決には、できるかぎり「瞬考」と「据考」のコンビネーションで思考することがよい。もちろん、急な場合は「瞬考」だけになることもあるだろう。瞬考と据考はお互いに影響を与え合う。

 会社で緊急の対策会議などを開くと、要求されるのが「瞬考」だけになる。それは合理的ではないし、危険なこともある。いくら緊急であるとは言え、一人になって集中して対策を考えるような「据考」の時間が必要だと思う。

 原子力発電所のトラブルの際には、警報のランプに即時対応して行動する前に考えることが必要な場合がある。ランプの点灯そのものが故障していることも含めて、短時間でも時間を掛けて考えることが必要なことはある。そのようなルールになっているプラントも多い。

 瞬考に慣れてくると、据考が楽になるのはある程度想像がつくが、実際は大きく楽に出せるようになる。逆に、据考を続けていると、瞬考に強くなるのは不思議だ。じっくりと考えることを、書き留めながら何度も何度も続けていると、類似性などから、脳が多数の瞬考的な発想を出せるようになるのかもしれない。

 とにかくすべての重要な発想に、この「瞬考」と「据考」を組み合わせることが賢明である。じっくりと、ゆっくりと考えているだけでなく、時間の制限を受けて考える刺激的思考も極めて有効だ。

 現役時代の提案書の書き方でも、大学院時代の論文の書き方でも、まず、現在考えている発想を「瞬考」として書き並べる。それを印刷してポケットに入れて、色々な環境で考え続けて「据考」として発想を足していく。これに数週間から数カ月ほど掛けることにしていた。

 すると突然、ブレークスルーの発想の雷光が走り、面白い発想が出てくる。これを何度も経験したが、いつ素晴らしい発想が出てくるのか分からないのが残念だ。だけど、発想を求めていなければ、探していなければ出てこないことは事実だろう。

 大学生にとっては、レポートも、修士論文、博士論文も、発想を得なければ、面白いものができない。テストもそのようなものかもしれない。ただ、テストは残念ながら「瞬考」しか扱えない。

考えるヒント 今までの体験の中で、「なぜ、あの時にあんな答えを言ってしまったのか」と思い出すような失敗談はあったか?

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