座りたい、座れない

物産に入社して、数日後、新人歓迎会の時、新人へ質問コーナーがあって、「樋口君、決まった人はいますか」と、踏み絵のような質問を受けた。嘘を付くわけにはいかない。

「一応」とでも答えたのだろうか。それで私の額には、「売約済み」の紙が貼られてしまった。人生では、このような場合、関西にいる意中の相手で、“決まった”と思っている方との関係も壊れる可能性がある。

言葉の綾とか、仕事のことが気になって、話題が合わなくなり、こじれるのだ。そうすると、新幹線で帰る頻度が次第に少なくなり、会わなくなってしまうと、悪循環。

行くところがなくなって、他をさがそうとしたり、飲み代が増えたり、仕事で憂さを晴らしたり、単身で海外赴任して、更に婚期が遅れてしまうことがよくある。

とにかく、それまでも、膨大な時間を掛けてきたのだから、関西にいる彼女との間をこじらせないように細心の注意が必要となった。売約済みラベル貼られるわ、本チャンの関西のガールフレンドと喧嘩したら、もう大変だ。

ただ、ヨメサン(当時は予定)も、そのころは、今と違って、何でもかんでも、私の言うことを100%ノーとは言わなかったので、何とか結婚まで友好期限が伸びた。あの頃を思うと、懸命になって東京から京都に通っていた。

(ここからこのエッセイの主旨にもどる)

 しかし、そのために、給料から寮費と食費、昼食代と本代を引いた残りは、きれいさっぱりと全部新幹線代に消えた。バスでは安いが時間がかかるので乗ったことはない。

少し彼女に助けてもらったこともあったらしいが、それは結婚後20年間ほどたたった。私の記憶の不確かなことを突いて、「助けた」「貸した」「返してもらっていない」「ひどい」と、何度も言われたことか。ひょっとしたらまだヨメサンは“貸したお金”を覚えているのではないか?返済受けたことは、コロッと忘れているのに。結婚前に貸しただけを覚えているのだ。

話が当初の目的からどんどん離れつつあるが、私の連想から昔の新幹線の混雑を思い出すのだ。

 金曜日の夕方、仕事が終われば、そのまま東京駅へ向かって一番早い便にのった。もちろん自由席で、いつも混んでいた。

当時の新幹線はよく遅れた。時間が乱れた。何時間か遅れると、特急代が戻ってきた。それは「ラッキー」だった。自由席で、金曜の夜から関西に帰り、日曜の夜に東京に戻る。往復ともによく混んでいた。座れず、混んでいて、遅れたら、もうこれは床に座る以外にない。新聞紙を敷いて座り込んだ。みんなそうしていた。トイレのドアの前も良く座った。

幸運にも座れた時には、私が通路側に座っていたら、通路に小さな子供が立っていたら、「ここに座っていいよ」と、座席の袖の上に座らせてあげた。

あれから、50年が過ぎた。まわりには、高齢者ばかりになっているが、駅中でも、駅外でも座るところがない。ちょっと早めに駅に着くと、カフェーレストランでコーヒーを飲んで時間を潰す以外にない。つまり金が掛かるということ。

どこの駅も混んでいるが、品川駅を例にとると、在来線ホームも、新幹線ホームも座るところがほとんどない。在来線の待合い室がない。一つのホームに20人ていど座れるようになっているのか?記憶はさだかではないが、昔の方がベンチが多かったと思う。保安のためにベンチを必要最低限度まで減らしたのかもしれない。混んできたからベンチを増やせないとしているのか。

どんどん高齢者が増えていて、こんなに混んでいて、座るところが少なくて、どうするのだろうか?理由は長時間座られると困るからだろう。これが続くと、倒れる人が出て、いずれ心肺停止も起こりえる。高齢者は椅子兼用キャリーをいつも持ち歩く必要がある。

駅の乗客数に比例して、座る椅子の数を増やす必要がある。テーブルがあっても良い。それは子供連れの家族にも必要だろう。また列車内だけでなく、プラットフォームでも、改札ホールでも優先席の椅子、ベンチを増やす必要がある。

ようやく新幹線駅にテーブル付の待合い室ができたが、在来線では主要駅の待合い室には、座席はあるが、テーブルがない。ボケーと座る以外に方法がない。旅の思い出を食べたり書いたりできない。

私は外国製の組み立てテーブルを旅の時には持参している。すでに25年間も使っている優れモノだ。もうすぐ、椅子も持参するようになるかもしれない。

街中を見ても、日本は座るところがない。冷たい街だ。高層ショッピングビルでも、ちょっと休憩して座りたい人は一杯いるが、ベンチがない。空港のゲートには数席しかテーブル席がない。

私が行くスーパーでは、店は11時までやっているのに、店のお茶が飲める自由テーブルコーナーは、7時で閉める。高齢者は遅く店に来るなと言っているようだ。法律で決める必要があるのかもしれない。

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