考えるヒント 巣ごもり自粛と漢字教育

テレワークと子供たちの休校、そして外に出られない環境。まさに昔のサウジアラビアでの仕事と生活を思い出す。

 現在のサウジアラビアは、先進国そのもので、都市の水道、電気、通信、すべてが最新鋭だ。しかし、私たち家族が赴任した1978年は、水道は2週間に1度しか出なかったし、電気は毎日停電が続いていた。昼は会社が停電で、夜は自宅の地域が停電していた。しかたなしに、家に仕事を持ち帰った。

 当時はまだメールもなく、電信しか使えなかったが、その電信も、電信屋さんに持っていって、発信してもらっていた。外は灼熱の砂漠気候で、車に乗せた卵が温泉卵になっていたほどだ。

 そんな中で、私は自分の息子たちを教え始めた。当時は幼稚園の長男に、旺文社の大型本「小学生のための漢字をおぼえる辞典」の、1,006字で、最初の「一」「右」「雨」から漢字の読みの部分を厚紙で隠して、教え始めた。長男は幼稚園で5歳だった。ヨメサンが「やめなさいよ。無理に詰め込むのは」とか、ごちゃごちゃ言っていたが無視。

初めて挑戦した時に、長男が読めた漢字は、「一」、樋口の「口」、そして「山」だけだった。辞典を一巡するのに、四日かかった。

「こりゃ、大変だ」と思ったが、やり始めたものは、絶対にやめない。昼休みに家に10分で帰宅して食事をした後、必ず漢字の読みを辞書をテーブルで長男にやった。3巡ほどして、4度目に仰天した。

 長男は一気に数百の漢字を音読みか、訓読みができるようになったのだ。私は小躍りして、「見ろ見ろ、ミロのビーナスだ」と、我が家の歓喜の言葉を叫んだ。

 それから後は、もう一直線で読めるようになっていった。一つ一つの漢字の意味を教えて、音も訓も両方が読めるようになったら、熟語の説明もした。全部の漢字を読めるようにするのに3か月はかからなかった。それが毎日性のすごさだった。そして、5歳の子供の頭の柔らかさと、記憶力の強さだった。

 幼稚園から昼に家に帰ってきた息子は、外気温が40度近いので、外に出られなかった。今の自粛と同じじゃないか。

 漢字は絵だから、3歳でも4歳でも、読めるようにすることが可能だ。漢字を読めるようになれば、本が読める。読書を好きにしたかったのだ。

 息子には、「あいうえ王様」を音読させた。夕食の前、長距離の運転の時、長男にあいうえ王様を読ませて、当時は家族全員が暗記していた。

多数の絵本、そして、「セロ弾きのゴーシュ」に進み、更にポプラ社の江戸川乱歩シリーズ70巻を日本から船便で送ってもらって、長男は狂ったように読み終わった。

その後、気まぐれに、小学館の「子供のための日本国憲法」を前文から第12条ていどまで、食事の前に読ませた。毎日やった。最初はルビがあるものを、そして、あとではマジックでルビを消した。当時、前文は、おかげで私も丸暗記していた。

長男は、日本に帰国した後、大学の法学部に進み、司法試験に通った。「父ちゃんが、日本国憲法を読めと言ったので、法学部に進んだ」と当時を振り返る。

これすべて、漢字を読めるようにしたからできたことだった。

 漢字が読めるようになって、本人もうれしかったに違いない。 日本の国語教育で、漢字を学年ごとに仕切っているのは、意味がない。そして、漢字は読めるようになることが一番で、書く練習はゆっくりとやればよい。

考えるヒント

(1)もしテレワークをしているなら、子供たちがいるなら、自分のやり方で子供を教えるとするを何を教えるか。その教材は何を選ぶ?

(2)もし、子供がいないで配偶者と二人なら、何を一緒に勉強するか?

(3)もし、自宅に自分しかいなかったら、誰かと、メールの愛の交換日記をするとしたら、誰と実行するか?

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