考えるヒント 殺気 1 訓練できるか?

アメリカで、友人の家に泊った時、彼が黒澤明の「七人の侍」が大好きだという。私も大好きだ。

 この映画の中で、私の一番好きなシーンは、「殺気テスト」である。

映画の中で、傭兵となる浪人を何人か雇うために、一人ずつ、扉の開いた小屋に入らせる。扉の内側には、木刀を構えた一人が被験者浪人の入ってくるのを闇討ちしようとするのだ。

 殺気程度が侍としての常識のようになっている。この試験を受けた侍たちの中には、

入る前に、立ち止まり「何をしようとしている」と詰問する者、

「無礼者!」と、怒り出す者、

「冗談でしょう」と、笑い出す者、

闇討ちの木刀を見事に受けて、防ぐ者など、

すべて見えない闇討ちを事前に察知するか、対応を取っている。映画では、主人公の三船敏郎だけが、(元々農民の出であることからか)頭を叩かれている。

 私はこの映画を見て、殺気を感知するプロなら、扉の内側に潜んでいる者が「襲うまねだけか」「叩くだけか」「殺す気」かも分かるのではと思った。

 アメリカ人の友人に、「日本の侍は、小さい時から、剣道では、毎日形の素振り(Practice sword stroke)をして、精神を統一するトレーニングをするんだ」

「だったら、どうなるの」

「剣道の達人(Sword master)は、同じ形で、練習をしていても、季節が違い、天気も、周りも、すべて異なる。何万回、何十万回、何十年と、練習をしてくると、神羅万象(All things in nature)の変化の徴候(Indication)や不自然なこと(Unnaturalness)に、即感じ、即対応が取れることだ。原理的には、影、空気の揺らぎ、かすかな音、不自然な静けさなど、すべての種類の直感。それらの幾つかから、結論を出しているのではと、私は思うんだが…」のようなことを説明したら、

「それが本当とすれば、すごいね」と驚いていた。

 この映画の感化で、私は自分の子どもたち(息子3人)に、殺気の特別訓練をすることにした。土曜日の午後、まず、私の書斎の中に、テーブルを置いて、その四辺に、私と息子たち3人が座る。事前に渡した新聞紙の束を丸めて、セロテープで留めて、それぞれが長い筒を作る。それを足元に立てて、一緒に勉強を開始する。私はアイデアマラソンをしたか、エッセイを書いていたはず。

 中学、小学校、小学校と父親で、一緒にテーブルを囲んで、勉強をするのを「円卓の学習」と呼んでいた。ゴルフをしなかったことから、土曜日の午後は、絶好の殺気のトレーニングのチャンスだった。ヨメサンは、絶対にこのようなユニークで、不自然で、偏った、男のロマンの殺気トレーニングには参加しようとしない。

 土曜日の午後、それぞれが自分の勉強を開始して、30分、そろそろ、時間かなと思ったら、長男がウトウトし始めた。しばらくウトウトしているのを、残りの我々3人は顔を頷き、行動に出た。

 3人は、静かに静かに、下に置いてある新聞紙の束を掴む、そして、ゆっくりゆっくりと持ち上げる。音は立てない。3人は、長男のウトウトを温かく鋭い目で見ながら、新聞紙の束をまっすぐ頭上に手を伸ばして、持ち上げる。

 ゆっくり、ゆっくり、ウトウト。

 そして、我我人は、お互いに顔を見て、頭を上下3回。そして長男の頭を思いきり新聞紙で叩くのだ。「バシ、バシ、バン」

「わー、ヤッター、ヤッター、ヤッターマン」と盛り上がる。この興奮のために、全員の眠気が吹っ飛ぶ。叩いた者も、叩かれた者も、アドレナリンがドッパと出るのか、眠らずに残りの時間を過ごせる。悔しそうにしている長男と、すました顔の残りの3人は、全員が勉強を続けるというプロセスだ。

 4人内で、次に叩かれたのは、私だった。こうして、二人ほどの貴重な犠牲者が出たが、その後は、ぴたっと新聞刀で頭を叩くのは、止まってしまった。

 ウトウトはするが、新聞紙の束を持ち上げようとするごくかすかな音、テーブルの動きでも、「わー、危ない、危ない」と目を覚ましてしまう。叩けなくなってしまった。

目を覚ますと、残りの3人が新聞紙を立てて、悔しそうな顔をしているから、「へへへ」と笑っておしまい。何回も叩くチャンスはあったが、叩けなくなってしまった。

 眠くなって、ウトウトしている状態でも、考えること、感じることができるようだとの仮説を立てた。脳の一部は起きていて、「おいおい、大丈夫か、叩かれるぞ。痛いのは私だ」と、警告を発する。つまり考えながらウトウトしているのだ。脳が殺気を思い出させてくれるようになった。これは叩いた者も、叩かれた者も、同じように訓練の成果がでた。こうして第1種樋口家殺気トレーニングとなった。このトレーニングで、脳には、私たちを不眠で見てくれる機能がある。例の「眠るな、寝ると死ぬぞ」と警報を出すようなことだ。

 この脳の機能に、様々な直感の体験をさせていけば、かなりの部分で殺気を感じることが可能になる。つまり、我が家の子供たちは、父親と一緒にいる時には、緊張感を持っていた。これはDVには入らないですよね?

「うちの父ちゃん、油断もすきもありません」と思っていただろう。 (殺気トレ 2に続く)

考えるヒント

(1)今まで、何か予感がして、助かったとか、良いことが起こったことはあるか。

(2)夢で見たデジャビュ―が実現したことはあるか

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