考えるヒント アイデアマラソン哲学 7 その効果

アイデアマラソン哲学を長期間継続していると、下記のような様々な効果が出てくる。これらの効果に関しては、私を含めてすでに多数のアイデアマラソン実行者が体験言及しているから、これから開始しようとする人たちの希望となるだろう。長期間とは最低3カ月から2年間のことである。人によって効果を発揮する期間に差があるが、誰でも必ず効果がでてくる。私は遅かった。

1 思考力がつく

(1)意識した思考

 アイデアマラソンを実行していると痛感するのは、課題が与えられていればどんどん思考することはそんなに難しくないということだ。発想を出すことは

 たとえ1回は短時間でも、毎日思考行動に真っ向から向き合うことを長い期間で見直すと、(一日にたった15分から20分ほど集中して考えていても)毎日かなりの時間を思考に当てているように感じてしまう。脳は間違いなくそのように感じてしまう。

 これは意識して思考しているからだと思う。課題を前に「どうすればよい」という思考は、無意識に私たちの脳で常に流れている(ストリーミングな)思考と異なるようだ。

 通常、脳は楽をしたいという基本姿勢を持っている。楽をすることが肉体的に休めるだろうと脳は思っている。自己矛盾しているのが、楽をしすぎて、考えることが少なくなると、脳の活動は委縮してしまうのだ。

脳は通常の生活を安全に保つための監視システムを動かしている。それがストリーミングの思考である。ストリーミングの思考は完全な思考の形態をとらないで、どんどん次の思考にジャンプしていく。一つの思考が完成しないのにジャンプしていくことは、脳は容赦なく切り捨てる。

この日常のストリーミング思考を続けることで、脳は私たちの体の知的平衡を平穏に、安易にたもとうとしている。

しかし、ストリーミング思考は視覚と聴覚から入ってくる刺激に動かされやすい。その流れに、突然出現する意識した思考は、流れる川に杭を打ち込む、あるいは竿を刺すと同じなのだろう。脳は、この意識した思考を特別扱いする。だからこの意識した思考を何度も何度も続けていると、その意識したことの体験を忘れないでいる。脳は、「ああ、また特別思考が始まった。しようがない、助けるか」と動き始める。

ここで意識した思考にするのは、意識して書き留める行動を取った場合だ。つまりアイデアマラソンの行動だ。後から見ると、毎日ずっと考え続けてきたように、意識して書き留めてきたと脳は思ってしまう。

このように脳に特別思考体制を何度も取らせると、会議などで、「この問題に誰か名案はないものかね」という時も、脳がアイデアマラソンをやっているものだと動き始め、発想を出してくることになる。

脳は習慣性に影響を受けやすい。思考の習慣でも同じように動き出す。 

(2)思考の高揚状態

 一端、脳が思考のための回転を加速すると、一定時間は、その思考レベルを高めたまま進むようだ。つまり発想がどんどん出てくる状態となる。通常でも体の20%の血液を脳が使っているが、思考が始まるともっとたくさん使うのか、あるいは脳の記憶の組織のシナプスの稼働が加速されるのか、要は高度思考状態に入る。この状態にいったん入ると、数時間はこの状態が保たれるようだ。

 大事な面談や会議やインタビューの前に、リハーサルをしておくことは、とても大事だと思う。また朝起きて、お茶でものみながら、あるいは会社や学校に行く途中でコーヒーでも飲みながらアイデアマラソンを実行することは、午前中の脳の活動を活発にするだろう。

(3)せっかちで勝手な脳

 こうして長年、アイデアマラソンをしていると、気が付いたのは、脳の性格で、何か問題があるととにかく何か答えを出しておけという性急な性格があるように思う。その答えが良いか悪いかは別だ。

 大事なことは、その出してきたせっかちな発想(つまり脳の解答)を書き留めでもしないと、脳は出してきた最初の答えにあるていど固執してしまうところがある。つまり次を考えようとしない。

 このせっかち発想を書き留めないで、次を考え始めると、最初に思いついたものを消去さえする。これはやっかいなことで、一つや二つならともかく、5つも6つも発想を思いついたままで覚えていることはまず不可能だ。だから思いついたら、まずさっと書く。これが大事だ。

(4)問題も「考える課題化」

常に課題を探して発想を書くことに徹していると、課題があることは、考えることができるので幸せな状態だということになる。問題すらも、パニックに陥らずしっかりと考えるネタができたと取るゆとりの姿勢を見せる。これによって、立ち向かう勇気が出てくる。まわりからみても、すごく頼もしく見える。アイデアマラソンを継続していると問題解決力と問題解決意思力が付く。これはビジネスでも、技術でも、学業の成績でも、日常の生活ですら影響が出てくる。すべての仕事に応用できる。

2 課題・問題探索力がつく

いつも考える課題がころがっているわけではない。与えられるわけでもない。それでも毎日何かを考える必要がある。目の前に課題が無い場合に課題を探索せざるを得ない。そして脳に課題探索力がつく

 アイデアマラソンで一番苦しいのは、その日に何を考えて良いか分からない時だ。毎日何かを考えて書きとめると自分で自分に宣言しているから、考える課題がないと実際に非常に困る。

論理的には、考える課題が無いのに、どうして発想を出すのか、出せるのかという、アイデアマラソンは根本的矛盾に近い状態になる。

 しかし、人間の脳はそんなに単純ではない。生まれて今までの様々な体験も、現在の環境もすべての人が異なっている。何か新しいこと、気が付いたことを探しながら、課題を求めていくと、必ず出てくるのだ。課題にもいろいろある。

  • まわりのリソースを全部探る

 考える課題を求めるのであるから、自分の考える姿勢をメタ的に見ることになる。アイデアマラソンを毎日実行していると、この課題探索を毎日続けることになるのだ。その影響がメタ的感覚の課題探索力の強化である。

 これは創造性の核心部分となる。この課題探索力は、発明にも、技術の改良にも、新規ビジネスの探索でも活用できる。

 注 ここまで言うと、哲学は実用とか、何かの役に立つとか、応用が利くといったことばかりではない。もっと理念的、抽象的、形而上的なことが大切なのだという哲学者もいるだろう。役に立たないことも哲学だと開き直って、言い切る人もいるかもしれない。もちろん理念的、抽象的、形而上的なことをアイデアマラソンで考えるのは、良いことだ。領域を限定しないのだから、何を考えても構わない。ただし、毎日、考えて書くことだ。

3 短時間・待ち時間の有効利用

 アイデアマラソンを続けてきて、私にはノートとペンさえあれば、まったく待ち時間や退屈時間がなくなった。10分でも待たされる時間があれば、さっとノートを取り出す。考えて書きとめるのに、5分も掛からない。屑時間や半端の時間がなくなった。空港での待たされ時間と機内、列車に乗るまで、乗った後もすべてアイデアマラソンの毎日の実行に振り向けられる。

 ビジネスでは待たなければならない局面が多い。「待つが勝ち」ということもある。その待つことが嫌だと、仕事ではハンディとなるが、アイデアマラソンで慣れてくると、待ち時間は思考時間を貰ったという感じになり落ち着ける。

4 気分の切り替え効果

 私は15年前まで、33年間商社マンをしていた。だからというわけではないが、ストレスは相当高かった。商社マンにとってストレスは職業病か持病のようなものだ。

 毎日、家に持ち帰るビジネスの心配事も、寝るまで抱えていた。アイデアマラソンを開始した1984年以前は、すごく寝つきが悪かった。1984年にアイデアマラソンを開始した後、「寝られないなら、アイデアマラソンだ」と考え始めると、不思議にもすっと寝られるようになった。

 それだけではない。高いストレスの仕事の後でも、アイデアマラソンを実行すると、気分が収まった。どんなに辛い状態の時も、アイデアマラソンが助けてくれたと今も覚えている。

5 集中力が強化される

 短時間がアイデアマラソンの勝負、くず時間が思考時間と説明したが、これを続けていると、思考の集中が早くなる。数年もアイデアマラソンを継続していると、ノートを開くと、ノートを見るだけでも、脳が思考活動を開始するのが分かる。そして思考に集中することができるのだ。

 この集中力は、アイデアマラソンに活用できるだけではない。日常の仕事でも学業でも、対人関係でも、趣味でも、スポーツでも活用できる。これは大きい。

6 脳のストレスと休息志向の混乱

 脳の多重行動はすでに説明した。脳は使われないと、委縮してしまうことを本能的に知っているはずなのに、多くの人においてのんびりすることは大切なことだ。ゆっくりと休むことは良いことだ。楽をすることは、体に良いことだとささやきかけてくる。

 昔、きつい労働が何世代も続いたとき、働きすぎて体を壊しかけたことが脳の記録にあるのかもしれない。だから休めるときは、休めとかが、ずっと休む方がよい。毎日継続して考えるなんて辛いことをする必要がないとしてきているのだろうか。

 昔は、激しい肉体労働がストレスと一体になっていたのではないだろうか。

誰もが激しい肉体運動や軍事行動で強制され、栄養不足で次いつ食事ができるかと心配していたのではないか。そのときなら、休めるだけ休んで体をいたわれ、食べて栄養を補給しろ、寝るだけ寝ろと脳はやっきになっていたに違いない。

 今は違う。現代のように、栄養が行き届き、労働環境もかなり改善されている状態で、これ以上休んでも、脳の神経も血管も過栄養と運動不足からの半病人のような状態になっている。

 精神的なストレスと、肉体的なストレスをごっちゃにしているのが現状だ。精神的なストレスも、思考していくということと、出口のないような心配事を抱えることを脳は区別していない。

 適度なストレスが必要という前に、適度に脳を使うことを続けないと、決定的に不味いことになりかねないのではないかと思われる。

 だから、定年退職者が「これまで十分働いたのだから、あとはゆっくりしたい」と(脳の指示と支持で)思うのも無理はない。それに対抗するだけの脳が選択する充実感がないからだ。

 脳の本来の目的は、思考を通じて、脳の所有者が長く健康に充実感をもって生きることを目指すはずである。そのように感じるように脳の考え方の軌道修正をしていく必要があるのかもしれない。

7 課題探索が独創性を磨く

 本書の中で、一番ユニークで、創造哲学的だと思うのは、課題の探索をし続けていることが、脳の創造性を増し、独創性を研ぐということ。

 毎日、スクラッチの状態から、アイデアマラソンの発想を求める課題探索が始まる。最初の内は、脳は「毎日、毎日勘弁してくれや」という感じだろうが、それが一年三六五日続くと、「まあ、我が主人は、こんなものだ」と、あきらめにも近いものを感じ始め、思考探索を習慣化していくのだ。

 もともと日本人は「何を考えるのかを自分で考える」ということはあまり得意ではないと、自覚していた。戦後の経済発展でも、欧米の基礎科学を発展させ応用させることは得意だったように見える。トランジスタの原理から実際にラジオを作り、液晶の理論から電卓を作りというように、新原理が見つかれば、それを応用に変えていくというのは戦後の技術史を見ていても頻繁に出てくる。

 しかし、その独創的な基礎技術を見つけなさいとなると、難色を示したりすることが多いが、それ以上に悪いのは、独創的な基礎技術を創り出そうとする芽を潰したり、支援をしない傾向がある。西澤博士の光ファイバー通信など、様々な分野で日本人が最初にコンセプトを見つけていながら、芽を育てなかったことがいくつもある。

山中博士のiPS細胞、白川博士の電導プラスチックなど、幸運にも日本の独創性が確保できた分野もいくつもあるが、経済規模から言えばもっとたくさん、もっと頻繁にあってよい。

アイデアマラソンでは、領域を決めないで、あるいは専門は専門としてそれに集中しながらも、それ以外のことにも広範に関心を持つことで、思考を深める場合に、もともとになる何の課題について考えるかということを考えることを頻繁にやっていくと、独創的なこと、ちょっと変わったことに敏感になる。

「これはネタに使えるか?」と常に思うようになる。この行動は、普通の思考より一段と高い部分の視野を持っていて、メタ思考であると考えている。

7 天才の集中搬出の謎

過去に天才が集中して搬出した例がある。ルネッサンス時代の北イタリア、産業革命の時代の英国、明治維新の日本、近代に入っての化学のドイツ、そして第二次大戦後の米国などだ。ソ連の戦後の様々な革新的な発明や技術も同様だ。その勢いが落ちてしまったのはなぜだろうか。やはり出発点にある人々の個別の思考の量とやる気の意欲が落ちてしまったのではないだろうか。

経済発展の裏には、やはり天才的な事業家たちがいた1970年代から80年代までの日本もその様相をしめした。

今は、中国がその岐路に立っている。経済発展のピークの間に、あの巨大な経済規模ならば、もっとユニークで、もっと天才的な発明や天才そのものが出てきてよいと感じている。中国も分野は違っても、ソ連と同じ道を歩むのだろうか。

アイデアマラソン的に分析した仮説では、この時代の有名な人たちの思考量が極めて多かったのではないだろうか。そして、思考されたことが、美術などでは他の競争相手も見ることができて刺激になったり、お互いに話をする機会や学会や、情報化が進んだことも大きな影響があったのではないかと私は考えている。その原点がやはり個人の思考量からきている。いくらインターネットが様々な情報を運んできても、個人の思考量と勢いが増えないと、天才や天才的発想が出てこないのではないだろうか。

7 性急な忘却行動と仮想忘却の性向

 これは私が長年アイデアマラソンを継続してきた中で発見した脳の不思議な行動である。脳は記憶したことを、脳の所有者に無断で削除してしまうことがほとんどだ。多分情報量が多すぎると、それこそストレスが高くなり、場合によっては、一つのことを忘れられなくなると、精神的に不安定な状態にもなりえる。

 だから脳は、覚えたしりから削除している。これは脳のオーナーがいくら心(脳)の中で願っても、無断で削除してしまうようになっている。

 ところが削除直後では、完全に削除しないで、ごみ箱のようなところに入れているのではないかと考えている。つまり本人からも見えないが、必要とあれば削除直後では、その記憶を取り戻すことが可能だ。逆に言えば、「つい先ほど思いついたのに忘れてしまった」という場合に、「何だったっけ?」と自分で考えると、「これでしょう」と(言葉を言うわけではないが)黙ったまま、脳はその記憶を再提示することが多い。

 私はアイデアマラソンの継続を通じてこの体験を何百回と繰り返してきた。再提出してくるまでの時間は45秒ほどだ。忘れたときにやってみると良い。この現象を「仮想忘却現象」と名付けた。

8 記載した内容の多彩さ

私は営業だったので、様々な顧客の会社を訪問していた。それらの異なった会社では、ことなった商品を製造し、扱い、サービスを提供していた。

アイデアマラソンを長期間継続していると、どこの、どんな業種の会社を訪問しても、アイデアマラソンの発想のストックと関係しているように思ったのです。今まで聞いたこともない業種や商品の場合も、それらはアイデアマラソンの好奇心を刺激して、新しい発想を得ていたのです。新規に訪問した会社を去る前に、「すみません、御社の製品のカタログなどをいただけませんか」と言って、もらってきてどんどん発想をだして、いくつかの顧客にはその発想リストを提案したこともある。

3か月間のアイデアマラソンのノートは、ご自身の発想群を書き留めてきたのですから、簡単に言えば、ご自身の脳の外にある記憶装置です。書くことで、脳の記憶負担を減らしたと言えます。自分自身で考えたことは、自分自身にとって、どんなに時間が経過しても、貴重なものです。それも日付や連続番号が付いていれば、永遠に残ります。

書かれたものの多くに、その時の仕事の環境、友人との付き合い、読んでいるもの、学んでいるもの、そして個人の人生と生活が入っています。

自分自身で書いた思考の連続記録は、自分では過小評価するものです。読み直した時に、自分の書いたものは、理想論を書いていたりすることもあり、気恥ずかしい気分が混ざることもあります。しかし、何かを考えて、3か月以上も書き留めてきたものは、(たとえ、ときどき書くことを忘れてしまっていた場合でも)時間が経てば経つほど、そして記録の発想数が増えれば増えるほど素晴らしい人生の記録になります。

(2)3か月間の集中思考があなたの脳の発想力を鍛える

 すでに3か月間以上思考を続けてきたことで、あなた(の脳)の発想力は大いに鍛えられてきたと思います。昔から比べれば発想力が身についたと認識できている人も多いと思います。自分の創造性の向上を認めない人も、ときに自分の考える頻度が多くなったことを認めるかもしれません。すべての人にとって、アイデアマラソンの長期間の実行で創造性を向上させることができるのです。3か月の継続実施で創造性が向上すること、これは私の博士論文で証明した論点です。

 ただ、アイデアマラソンを止めると、向上は止まり、やがて緩やかに低下していきます。現役時代ばりばりの人でも、定年退職後何もしないと、緩やかな知的崩壊を起こしていくのと同じです。

脳は使えば使うほど、もっともっと賢く、高速に、回転するようになります。同時に長生きする要因の一つになると言われています。体力と知力をそろえるということですね。

脳の創造性は、アイデアマラソンのノートに書かれた自分の思考の発想数にほぼ比例していると言えるかもしれません。アイデアマラソンの研修の目標は強烈な集中力と即発想です。何カ月も考えて出す発想だけでなく、瞬間に決めなければならないことのトレーニングは、日々のアイデアマラソンです。

(3)このアイデアマラソンノートの特徴は、すべてあなたの自己申告であることです。だれもそのノートの発想内容はチェックしません。それをベースとして、発想数のご報告をされていることがとても大切なのです。だから、気楽に、安心して、心を開いてください。毎日知的な深呼吸をしてください。自分の好きなことを書きとめるだけで良いのです。

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