考えるヒント アイデアマラソン哲学 8-1 専門分野の課題

今までの哲学とアイデアマラソン哲学がまったく異なるものではない。私はアイデアマラソン哲学が今までの哲学を全部抱合できると考えてきた。歴史上のありとあらゆる哲学を、すべて含むことを考えて、どんどん掘り下げていくと、すべて考える行為そのものに行きつく。考えないでは哲学になりようがない。

今までの何千年もの哲学の歴史で共通していたのは、「哲学は人間が考えること」だった。逆を言えば、「人間の考えることは哲学なのだ」と言える。一般的に考えることが哲学と言われなかったのは、なぜだろうか?それは考えたことが後世に残らなかったからだ。

アイデアマラソンでは、思考する対象を限定していない。

ありとあらゆることを考える行動、それは色々な姿を示す。

 考えることが日常の極めて普通の行動であるが、その普通の行動である考えることを深く掘っていくと、深淵なる哲学的思考に入っていくのだ。人間の思考は、まったく異なった課題を連続体として思考していくことだ。

 まったく異なった分野、まったく反対のことですら、瞬間的に思考できる。その特異さが、独特の思考哲学を作っている。 

自分の専門分野の課題

アイデアマラソンを開始した直後、多くの人が勘違いをするのは、アイデアマラソンで、どんどん専門分野の発想を考えて書きとめていこうという積極的な意欲を見せることだ。それ自体は間違っていないし、意欲としても良いが、実際には自分の専門分野や専攻に関しては、なかなかでないことに気が付く。

アイデアマラソンは、毎日実行するのだ。毎日1個でも10日間、1か月間と毎日自分の専門分野の課題を思いつくことは非常に難しい。一日、二日くらいなら、今まで思いためていたことを書けばよいだろう。3週間も経つと、今まで思考したことも底をつく。そうなったらお手上げと思うかもしれない。
 しかし、できないことではない。それが思考と思考の課題の奥深さである。ノーベル賞を受賞した福井謙一博士の没後、科学朝日の取材で、奥様にインタビューに行った時に聞いたのは、

「米国の大学に招待されて、シカゴのホテルに泊まった時、部屋に仁王立ちして、外の夕景を見ながら、2時間以上、考えにふけっていました。とても近寄りがたく思いました」と、言われていたが、福井博士は考えて、考えて、考え続けていたのだった。その徹底した思考追及が、彼のノーベル化学賞受賞の原動力だった。 SFの名作「銀河帝国の興亡」を書いたアイザック・アシモフは、発想を求めて、「考えて、考えて、窓から飛び出そうと思うくらい、考えた」と言っている。

考えるヒント 

「あなたの専門は何?」と尋ねられたら、どう答えるか?

 私は、「自分の専門は人の創造性を高めること」と答える。

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