サウジアラビアでアイデアマラソンを開始して数年間は、毎日3個程度の発想を書くのに必死だった。仕事は毎日充実していたが、超多忙だった。だからアイデアマラソンを継続することは、自分の気持ちを取り戻す貴重な気分転換だった。
3個程度を書くのは、今では何でもないことだが、当時は3個を埋めるのに、感覚を研ぎ澄ませていた。何かを思いついたら、さっと書き留めるとしていた。
それでも意識が緩んでいると、せっかく思いついたことを忘れてしまうのだった。
思いついた後、数秒から数十秒で脳は、他のことを思ってしまい、せっかく思いついたことを削除する積極的な傾向がある。あっという間に思いついたことが消えるのだ。これを「脳の記憶削除傾向」(Brain’s tendency for deleting our thinking)と名付けている。
この脳の残酷な削除性格のために、私は学校時代に、授業中に「これは重要だ。覚えておこう。絶対に忘れないでおこう。こんな重要なことを忘れてはいけない」と心に硬く決意しても、学校を出るまでにすでに全部忘れていた。
また思い出そうとしても、なかなか思い出せなかった。学校の勉強では、繰り返し、繰り返して覚えようとして、苦労したことは覚えている。
サウジアラビアで、体験したのは、ある発想を思いついて、いつも通りさっと忘れた時、「今さっき、何かを思いついたに違いない」という発想の足跡のようなものを感じたのだ。
そこで、私は集中し始めた。連想で思い出せるか?直前思考の分野を思い出そうとした。直前に見ていた直前視覚を考えた。直前聴覚、直前触覚なども考えてみたが、なにも思い出せなかった。
(これじゃ、脳も思い出せまい…)と思ったが、(思い出せ、思い出せ)と自分の脳に気持ちの圧力をかけていたら、スラリとその発想が頭に思い浮かんだ。何のきっかけや、連想も、何もないのに、その発想が出てきて、うれしくなってノートに書いたが、
(いったい、どこからその失われた発想が出てきたのか)
(失われた後、どうして回復できたのか)
(私がその発想の回復を望んでいることをどうして、脳は理解して、貯蔵されている記憶を引っぱりだしたのだろうか)
と、非常に不思議な感覚を味わったのだ。あたかも奇跡のように、その発想がボワーと40秒程度考えていたら出てきたことに私は感動を感じた。
(ひょっとすると、脳の記憶には私たちが見えない領域に削除した発想を脳は収納しているのではないか)
(脳の所有者である私が望めば、その見えない領域の隠した発想を出すようになっているのではないか)
(脳は、一気に完全削除しないで、一端、脳の所有者に見えないカーテンの後ろに隠して、脳の所有者が必要としなければ、完全削除しているのではないか)と考えた。これを脳の記憶隠蔽性向(Memory Concealment Nature)と名付けた。
何のために、脳は記憶を仮に隠すことをするのか。この種類の忘却を「仮想忘却」(Virtual Oblivion)と名付けた。そして、最近は、脳の中に記憶を削除したり、現出したりする管理者、あるいは管理プロセスが存在しているのではないかと考えるようになった。
こんな体験を36年間のアイデアマラソンの実行中に数十回体験した。回復した発想を書き留めた際に「これは一端忘れたが、脳が再び出してきた発想である」と書いたものも、いくつかある。
この仮想忘却を上手に扱えると、私たちは学習効果を圧倒的に強化できるのではないか。
考えるヒント 「それ、前にも言ってたよ」と言われたことはないか?
今、思いついたことを、忘れても、粘れば思い出すだけで、人生でも、仕事でも、生活でも、かなりの効果が出てくると思います。