シルバー・アイデアマラソン 17(50歳以上を10倍楽しむ方法)シルバー・エデュケーション(後半人生の教育)

1 若い時とシルバーの教育の違い

子どもの受ける教育とシルバーエイジの受ける教育の大きな違いは、シルバーエイジの受ける教育では、受けた教育がその場で反応を起こすことが多い。

「私の経験では…」とか、「私の感じでは…」とシルバーエイジは言いながら、何十年もの間の体験が一挙に反応する。それは、反射するというか、 反発するというか、輻射するというか、増幅するというか、変調するというか、教える立場の者が教わることや影響を受けることも多くなるということだ。今教わったことが、頭の中にある記憶された体験と一瞬にして照合が行われ、反応を起こす。

もちろん教育というのは、いかなる教育であっても、バイラテラルなものだから、教える者は教わることが必ず起こるが、シルバーエイジでは、この意味合いがすごく重要となる。この意味で、シルバーエイジを教える教育者は難しいところがある。

2.教育の賞味期限

実際では、日本では、遠慮がちで、ひっこみがちのシルバーエイジがまだ多いから、先生たちは淡々と教えを話すことに専念できることが多いが、私のような“うるさい”シルバーエイジの学生が増えれば、一筋縄では済まなくなる。

若い時に受ける教育が22歳ころまでとして、それまでに受けた教育の賞味期限はいつまであるのだろうか?22歳までで受けた教育で、残りの人生を100歳まで生きるとして、78年間も教育の賞味期限、有効効果が続くはずがない。

もちろん社会に出たあと、会社や機関で受ける実社会の訓練や、仕事そのものも教育ではある。この間、文系と理系の間で変更があることは多くない。途中から医学に進むことも容易ではない。

大学卒業後、78年間の人生を考えた場合に、その後の専門の変更などは、これらをその社会の教育の弾力性として、社会の硬さの一つとして、今後は考える必要がでてきていると思う。

日本では生涯雇用が伝統的であったが、生涯同じ仕事をしているのが、社会として良いのか、悪いのか分からない。社会の生産性を上げる必要があれば、同じ仕事ではなく、異なった仕事の体験と資格も大いに役にたつのではないだろうか。

3.人生途中の専門変更教育

 人生の78年間を同じ仕事や専門をすることが個人的に良いのか、楽なのか、社会として合理的なのか、効率が高いのか分からないが、色々なことをやってみる方が、何か楽しいし、それまでの専門や人生の体験や知識が相乗効果をしめすのではないだろうか。より高い収入を目指すだけでなく、より面白い仕事、やりがいのある仕事、夢の大きな仕事を目指すと社会に活気が出てくる。

4.第二教育期間の提案

50歳で、もう一度、何年間の教育を受け直すことができるならば、社会の教育の弾力性が高くなる。“第二教育期間”の提案である。50歳ころに、もう一度、大学、高等専門学校で勉強をし直す“権利”を持ち、これらの教育の費用は公費、それまでの年金で賄われる。仕事は休職の権利を持つし、仕事を勉強中心とすることも可能だ。給与は一定の割合は、それまで働いていた会社や組織が負担し、農業、水産、林業などの個人営業従事者は、国から生活の補助が出る。医学などでは、更に長い期間再学習を可能としてもよい。いずれにしても、50歳から数年間の再教育で、文系だった人が理系に移ったり、情報系に進んだり、かなり社会の弾力性が増すことになるだろう。

グローバル化が進んで、世界と同じことをやっているのは、愚だ。社会の商品では新規開発を必死に研究しているのに、教育だけは100年も、200年も、コンテンツも教え方も変わっていない。それと欧米の決めた方法に合わせている。これは本当に悲しいことだ。

考えるヒント もしあなたが大学での昔の専攻を変えるとすれば、何を新しく取るか?

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